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横浜地方裁判所 平成11年(行ウ)34号 判決 2000年7月19日

原告

A株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

田中平八

被告

横浜中税務署長 植松英樹

右指定代理人

齋藤紀子

木上律子

石口健

宇山聡

渡邉正博

安井和彦

高野浦信昭

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  甲事件

原告が被告に対し平成一〇年六月一一日付けでした原告の次の五事業年度(以下「本件五事業年度」という。)の各修正申告(以下「本件各修正申告」という。)は、いずれも無効であることを確認する。

1  平成四年四月一日から平成五年三月三一日まで(以下「平成五年三月期」という。)

2  平成五年四月一日から平成六年三月三一日まで(以下「平成六年三月期」という。)

3  平成六年四月一日から平成七年三月三一日まで(以下「平成七年三月期」という。)

4  平成七年四月一日から平成八年三月三一日まで(以下「平成八年三月期」という。)

5  平成八年四月一日から平成九年三月三一日まで(以下「平成九年三月期」という。)

二  乙事件

原告が被告に対し、平成一一年一月一日から同年五月三一日まで(以下「平成一一年五月期」という。)の事業年度の法人税の申告をするに際し、法人税申告書の別表五(一)の期首現在利益積立金額(以下「期首利益積立金額」という。)欄に別途利益として「二〇億六一五八万二〇〇一円」と、同差引翌期首現在利益積立金額(以下「期末利益積立金額」という。)欄に別途利益名目の数額を記載する義務のないことを確認する。

第二事案の内容

一  事案の概要

本件は、原告が、自己のした本件五事業年度の法人税の修正申告が無効であることの確認を求める(甲事件)とともに、原告の平成一一年五月期の法人税の確定申告書に、本件各修正申告を前提とした期首・期末利益積立金額を記載する義務がないことの確認を求めた(乙事件)ものである。

二  基礎となる事実(末尾に証拠等の記載のないものは、当事者間に争いがなく、証拠等の記載のあるものは当該証拠等により認定したものである。)

1  当事者

原告は、横浜市内に本店を置き、交通信号機等の設置、保守及び管理等を目的とする株式会社である。なお、平成一〇年六月二日までの原告の商号は、B株式会社であった(甲一、甲六、弁論の全趣旨)。

2  原告の法人税法違反

原告の創業者である乙は、原告の傘下に一二社の関連企業を設立し、企業グループ(以下「Cグループ」という。)を形成するに至ったが、原告の平成五年四月一日から平成九年三月三一日までの四事業年度に関する法人税違反事件(法人税ほ脱容疑である。以下「本件刑事事件」という。)により、原告を含むC所属の株式会社ら(計六社)、その役員とともに、平成一〇年五月四日、東京地方裁判所に起訴された(甲二、弁論の全趣旨)。

3  本件各修正申告

平成一〇年五月上旬ころ、乙に代わって原告の代表取締役に就任した丙らは、乙の勾留中であった同年五月下旬ころ、本件刑事事件の担当官であった東京国税局査察部に所属する査察官黒田榮治(以下「黒田主査」という。)を訪ね、原告が修正申告すべき内容を質問したところ、黒田主査は、原告に対し、本件五事業年度の修正申告すべき内容について別表一、二記載の数額のとおりである旨を口頭で告げた。その際、黒田主査は、右各数額の算出過程について詳細な説明はしなかった。

原告は、被告に対して、平成一〇年六月一一日付けで、本件各修正申告書を提出した。その内容は、黒田主査が丙らに示した数頭と同一内容のものであった。

三  主な争点

本件における主な争点は、以下のとおりである。

1  本件各修正申告の無効原因の有無(甲事件の本案の争点)

2  平成一一年五月期の申告書に別途利益を記載すべき義務の存否(乙事件の本案の争点)

3  本件各修正申告の処分性の有無(甲事件の本案前の争点)

4  乙事件の訴えについての確認の利益及び被告適格の有無

争点についての当事者双方の主張を主張の順序にしたがって記載すると次の四から七のとおりである。

四  本案についての原告の主張

1  本件各修正申告の無効原因(甲事件関係)

(一) 錯誤に基づく申告

本件刑事事件における容疑の一部を否認していた乙は、同人の弁護人丁から、起訴された六社の修正申告をするように強く勧められたため、丁に対して、修正申告の内容について事前に乙自身の確認、承諾を得ることを約束させ、修正申告手続をとることに同意した。ところが、丁は、原告の新代表者の丙に対し、乙が同意しているので早急に法人税の修正申告をするよう伝え、修正申告の内容については東京国税局へ行って聞くよう指示した。そのため、丙は、乙が右内容の修正申告をすることに同意していると誤信し、乙の同意を得ないまま、本件各修正申告に及んだ。

しかも、原告には、真実は、本件五事業年度において別表一、二記載の別途利益が存在しなかったにもかかわらず、黒田主査から、理由も説明されないまま、一方的に修正申告すべき数額を口頭で指示されたので、丙は、その内容を間違いないものと信じた上で、本件各修正申告を行ったものである。

したがって、本件各修正申告行為は、いずれも原告の錯誤に基づくものであるから無効というべきである。

(二) 国税局による事実上の強制

本件各修正申告を行った当時、原告の会計帳簿類一切は、東京国税局によって押収されており、また、乙をはじめ原告の経理に明るい者はいずれも検察庁によって身柄を拘束されていたため、原告の代表取締役である丙はどのような修正申告をすれば良いのか全く見当のつかない状況であり、右黒田主査の指示を争い、これを否定することは事実上不可能な状況であった。黒田主査は、右状況や別表一、二記載の巨額な別途利益が原告に存在しないことを十分知りつつ、原告の弱みにつけ込み、算出根拠について全く説明せずに、口頭で一方的に数頭だけを指示する方法により、平成五年三月期(起訴対象外)を含む本件五事業年度についての本件各修正申告を事業上強制したのであり、これは到底許されるべきではない。このような点からしても、本件修正申告は無効である。

2  平成一一年五月期の別途利益の記載義務の不存在(乙事件関係)

原告が本件各修正申告書の別表五(一)の期首・期末利益積立金額欄に記載した別途利益(本判決別表一)は、実際には存在しないから、原告は、平成一一年五月期の事業年度の法人税を申告するに際して、期首・期末利益積立金額欄に別途利益として数額を記載する義務はない。そこで、原告は、同年七月二七日、右数額を記載せずに右事業年度の申告をしたが、被告は、原告の右申告を認めておらず、これを否認するおそれが十分にある。よって、原告は、右数額を記載する義務がないことの確認を求める。

五  被告の本案前の主張

1  甲事件について

(一) 行政事件訴訟法三条四項の処分の非核当性

原告は、本件各修正申告の無効確認を求めるが、本件各修正申告は、税額を具体的に確定させるために私人の行った公法行為であり、行政事件訴訟法三条四項に規定する「処分」には該当しない。

(二) 被告適格の不存在

私人の行った公法行為としての修正申告の無効に係る救済を求める訴えが許容されるとすれば、行政事件訴訟法四条の「当事者訴訟」の形式によるべきである。仮に本件が当事者訴訟であるとの理解にたった場合、「当事者訴訟」に同法一一条は準用されていない(同法四一条一項)から、右の当事者訴訟において被告適格を有するのは国であり、本件の被告は右の当事者訴訟にいて被告適格を有しない。

(三) 確認対象の選択の誤り

原告が、仮に甲事件において勝訴判決を得たとしても、当該判決の既判力は、修正申告の無効・有効の点について生ずるにすぎず、租税債務の有無については全く生じない。他方で、原告が既に税額を納付した場合は、納付済みの税額の返還を求める給付の訴えを、未だ納付していない場合は、租税債務不存在の確認の訴えを、それぞれ国を被告として提起することができる。したがって、以上のような法律関係にあるにもかかわらず、本件各修正申告の無効確認訴訟を提起することは、確認対象の選択を誤ったもので、訴えの利益を欠き不適法である。

2  乙事件について

(一) 併合要件の欠如

(1) 乙事件の訴えは、行政事件訴訟法一九条に基づく関連請求として、基本事件(甲事件)に併合提起されたものであるが、基本事件が適法であることが関連請求の併合を認めるための要件であるところ、本件における基本事件が不適法であることは前述のとおりであるから、乙事件の併合の申立ても不適法であり、却下されるべきである。

(2) 行政事件訴訟法一九条の関連請求の追加的併合が認められるためには、基本事件と追加的請求事件との間に、事実に関する争点が相当程度共通し、かつ、各請求の起訴となる事実が同一ないし密接に関連することが必要である。

本件においては、基本事件(甲事件)は、原告の平成四年四月一日から平成九年三月三一日までの本件五事業年度に関する法人税の修正申告を問題とするのに対し、追加的請求事件(乙事件)は、原告の平成一一年一月一日から同年五月三一日までの事業年度に関する法人税の申告を問題としているのであるから、両訴えが対象とする原告の事業年度は同一ではなく、しかも、連続すらしていない。したがって、本件追加的請求は、同法一九条の関連請求に該当しないから、その点からも不適法である。

(二) 確認の利益の不存在

(1) 確認対象の選択の誤り

確認訴訟の対象は、原・被告間の紛争解決によって有効なものでなければならず、積極・消極の確認の訴えが共に可能な場合においては、積極的確認の訴えを提起すべきであり、消極的確認の訴えの利益を欠く。

ところで、まず、原・被告間に現在、利益積立金額の存在・不存在をめぐる具体的な紛争は存在しない。第二に、仮に、そのような紛争が存在し、利益積立金額についての確認の利益があると想定しても、右確認訴訟は、直截に正当な利益積立金額が特定の数額であることの確認を求めるものとして提起されるべきであり、特定の数額を利益積立金額として記載する義務のないことの確認を求める訴えは、紛争の解決に迂遠な方法であり訴えの利益を欠く。

(2) 確認訴訟によることの適切さの欠如

確認訴訟において訴えの利益が認められるためには、確認訴訟によることが適切であることが必要であるとされる。本件において、仮に利益積立金額の記載が原告の主張であるとされる。本件において、仮に利益積立金額の記載が原告の主張するとおりであり、原告に不利益があるとしても、その不利益は、原告が法人税法六七条(同続会社の特別税率)の適用を受ける事業年度の申告、又は原告が解散若しくは合併した場合の清算所得にかかる申告において顕在化するのであり、右各申告にかかる更正処分等が行われた場合、これに対しては不服申立ての手続が法律上用意されている。したがって、これらの手続によることなく、確認訴訟を提起することは、手続の選択において適切を欠く。

(3) 即時確定の現実的必要の欠如

さらに、確認訴訟の利益が認められるためには、原告の法的地位に対して被告が不安や危険を与えているため、原告が一定の権利関係の存否を被告との間で判決により早急に確認する必要があること(即時確定の現実的必要)を要する。前述のとおり、原告の利益積立金額の多寡が原告の法人税額に影響を与えるのは、原告において法人税法六七条の適用を受ける事業年度の申告、又は原告が解散若しくは合併した場合の清算所得にかかる申告であるところ、平成一一年五月期の申告は、右のいずれにも該当しない。したがって、原告は、利益積立金額につき、早急に確認する必要はなく、乙事件に係る訴えは、この点において訴えの利益を欠き不適法である。

(三) 被告適格の欠如

本件追加的請求は当事者訴訟であるから、被告を国とすべきであり、横浜中税務署長には被告適格がない。

六  本案についての原告の主張に対する被告の認否

1  「本案についての原告の主張」の1(一)前段の事実は不知。同後段の事実のうち、原告に本件各修正申告書記載の別途利益がなかったとの点、本件各修正申告が黒田主査の指示に基づくとの点は否認する。

同1(二)の主張は争う。査察部の強制調査が終了した際に、当時の原告代表者らが黒田主査に対し、更正処分を持つまでもなく脱漏所得について修正申告を行いたい旨を申し出たのであり、黒田主査は説明を留保しつつも押収物や関係人の供述等に基づいて修正申告すべき金額を示したにすぎない。

2  「本案についての原告の主張」の2の主張は争う。

七  本案前の主張に対する原告の反論

1  甲事件について

(一) 黒田主査は、原告に対し、本件五事業年度の法人税について修正申告をするよう、指示、勧告した。課税庁としての職務権限に基づく右指示、勧告行為は、これに従わない場合には延滞税などを発生させる行為であって、行政庁の処分に該当する。

そして、本件各修正申告は、原告が修正申告の内容を理解し、納得した上で自発的に行うという修正申告に不可欠な要件を欠いており、前述のとおり、黒田主査の指示が、原告の修正申告という形式を借りて事実上強行された。したがって、本件各修正申告行為は、実質上、行政事件訴訟法三条四項の処分に該当すると評価すべきである。

(二) 原告には、企業会計原則の定めに則って正確な会計処理及びそれに基づいた法人税の申告を行い、原告の債権者及び株主に対し、会社の財政状態及び経営成績に関して正確な会計処理に基づく真実の報告をすべき義務がある。原告は、真実に反する本件各修正申告が無効であることを確認する利益がある。

(三) 最高裁判所昭和三八年(オ)第四九九号昭和三九年一〇月二二日判決、同裁判所昭和四三年(オ)第三一四号昭和四九年三月八日判決、同裁判所昭和六三年(オ)第三八五号平成元年九月一四日判決、東京地方裁判所昭和五四年(行ウ)第五号・昭和五五年(行ウ)第七六号昭和五六年四月二七日判決などに照らせば、納税者が納税申告をした後、その内容につきたとえ税法上の救済方法によることができない場合でも、税務署の担当官の客観的かつ明白に誤った指導に基づきそのような誤った納税申告を行い、それにより納税者の利益を著しく侵害し、正義公平の原則にもとる場合には、納税者の利益を保護するため、既に納税申告した内容につきこれを争う手段がみとめられなければならないというべきである。本件は、前述のとおり、黒田主査が職務権限を著しく逸脱して指示した客観的、明白かつ重大な誤りに基づいて、本件各修正申告がなされたものであり、まさしく右の場合に該当する。

法人税の修正申告については、法人税法八二条、国税通則法二三条一項による更正の請求が可能であるが、右更正の請求が可能なのは修正申告提出日の翌日から二月の間であって、かつ争いうる事項は限定されており、本件のような別途利益の記載について争うことは予定されていない。

したがって、正義公平の原則に基づいて、納税者たる原告の利益を保護するため、本件各修正申告の無効を確認する訴えが認められるべきである。

2  乙事件について

原告は、前述のとおり、企業会計原則の定めに則って正確を会計処理を行い、原告の債権者及び株主に対し、会社の財政状態及び経営成績に関して真実の報告をすべき義務がある。さらに、実体上存在しない別途利益が存在したものとして原告の株式の価格が評価されてしまうと、株式の贈与ないし会社の清算時において、過度の税が賦課されることにもなる。よって、原告には、乙事件の請求の趣旨のとおりの記載義務が存在しないことの確認を求める利益がある。

第三当裁判所の判断

一  甲事件の訴えの適否について

1  原告は、本件各修正申告が無効であることの確認を求めているところ、その趣旨は、行政庁である被告に対し、本件各修正申告行為が行政事件訴訟法三条四項の「処分」に該当するとしてその無効確認を求め、訴訟類型としては抗告訴訟を選択するものと解される。

2(一)  ところで、抗告訴訟は、行政庁の公権力の行使にあたる行為を対象として、その存否又は効力等を争う訴訟類型であり、公権力の行使にあたる行為とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解すべきである(最高裁判所昭和三九年一〇月二九日第一小法廷判決・民集一八巻八号一八〇九頁)。

そして、原告が問題とする法人税の修正申告行為は、公法関係における行為ではあるものの、一私人が行う行為であって、行政庁の行う行為ではないから、行政事件訴訟法三条四項の処分には該当しないといわざるを得ない。

(二)  この点に関し、原告は、課税庁の指示、勧告行為は、それによって延滞税などが発生する行政庁の処分であり、本件各修正申告は、黒田主査の指示が事実上強行されたものであって、実質上行政庁の処分に該当すると主張する。

しかしながら、延滞税は、期限内申告に係る法人税を法定納税期限までに完納しないとき、期限後申告、修正申告又は更正・決定により納付すべき法人税があるときなどに、その法廷納付期限の翌日から完納の日までの期間の日数に応じて課せられるものであって(国税通則法六〇条)、課税庁の指示、勧告によってその義務が発生するものではない。したがって、本件各修正申告行為自体を行政事件訴訟法三条の処分と解することはできず、この点に関する原告の主張は採用できない。

3(一)  さらに、仮に原告が主張するとおり、本件各修正申告が錯誤に基づくという場合でも、その是正は、原則として税法上の更正の請求を通じて行うべきことが期待されており(国税通則法二三条参照)、右錯誤が客観的に重大かつ明白であって、税法上の過誤是正の方法以外にその是正を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合については、例外的に修正申告の錯誤無効を主張することが可能であると解すべきである(最高裁判所昭和三九年一〇月二二日第一小法廷判決・民集一八巻八号一七六二頁参照)。

したがって、右のような特段の事情があるときに限り、右申告の是正も可能となるというべきである。

(二)  仮に(一)でいう特段の事情がある場合においても、本件各修正申告の是正の仕方は、原告の申し立てるような本件各修正申告無効確認の訴えによることには当然にはならないというべきである。すなわち、行政事件訴訟法三六条によれば、処分の無効確認の訴えは、当該処分に続く処分(後続処分)により損害を受けるおそれのある者その他当該処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、当該処分の効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないものに限り、提起することができると定められている。そして、「当該処分の効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができない」場合とは、当該処分に基づいて生じる法律関係に関し、処分の無効を前提とする当事者訴訟又は民事訴訟によっては、その処分のため被っている不利益を排除することができない場合はもとより、当該処分に起因する紛争を解決するための争訟形態として、当該処分の無効を前提とする当事者訴訟又は民事訴訟との比較において、当該処分の無効確認を求める訴えの方がより直截的で適切な争訟形態であるとみるべき場合をも意味するものと解するのが相当である(最高裁判所平成四年九月二二日第三小法廷判決・民集四六巻六号一〇九〇頁参照)。

そして、本件においては、原告は、本件各修正申告の効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えとして、国を被告とする租税債務不存在確認の訴え(税金を未納の場合)又は過払金の返還請求の訴え(納付済みの場合)を提起することができるというべきであり、これによって、その目的を達することができる。しかも、右のような現在の法律関係に関する訴えの方が、過去の修正申告が無効であることを確認するにすぎない無効確認訴訟よりも、より直截的で適切な訴訟形態であることは明らかである。

(三)  よって、甲事件の訴えは、仮に本件各修正申告を是正すべき特段の事情があるとしても、行政事件訴訟法三六条の要件を満たさないので、不適法であるといわざるをえない。

(四)  なお、原告は、この点に関し、<1>最高裁判所昭和三九年一〇月二二日第一小法廷判決・民集一八巻八号一七六二頁、<2>最高裁判所昭和四九年三月八日第二小法廷判決・民集二八巻二号一八六頁、<3>最高裁判所平成元年九月一四日第一小法廷判決・裁判集民事一五七号五五五頁を引用して、甲事件の訴えが認められるべきである旨主張する。

しかし、右<1>は、税務署長に対して、所得税に関する滞納処分として不動産についてされた差押処分の無効確認を求めるとともに、国に対して、所得税分納金として納付済みの五〇万円の返還を求めたものであり、また、右<2>は、国に対して、所得税に関する滞納処分として徴収された金額相当額の不当利得返還を求めたものであり、さらに、右<3>は、協議離婚に伴う財産分与として不動産を譲渡した後、所得税の賦課につき錯誤があったとして、分与者が所有権移転登記の抹消を求めたものであって、いずれも、訴訟の形態、被告とすべき者の選択及び行政事件訴訟法三六条の要件の充足性の諸点において、原告自身が行った修正申告自体の無効確認を求めた甲事件とは事案を異にするものである。なお、原告が引用する東京地方裁判所昭和五六年四月二七日判決は、所得税の修正申告の無効確認を求める訴えが不適法である旨を判示している。

したがって、原告の右主張は、採用することがない。

二  乙事件の訴えの適否について

1  乙事件は、行政事件訴訟法一九条に基づき、同法一三条六号の関連請求として、抗告訴訟である甲事件に併合提起されたものであるところ、本件においては、甲事件の訴えを不適法として却下すべきであることは前述のとおりであるから、乙事件はその併合要件を欠くといわざるを得ない。

しかしながら、抗告訴訟に併合提起された別の訴えが右併合の要件を満たさない場合においては、専ら併合審判を受けることを目的としてされたものと認められるものでない限り、受訴裁判所としては、直ちに右併合された請求に係る訴えを不適法として却下することなく、これを独立の訴えとして扱ったうえ、基本事件と分離して自ら審判するか、又は事件がその管轄に属さないときはこれを管轄裁判所に移送する措置をとるのが相当というべきである(最高裁判所昭和五九年三月二九日第一小法廷判決・裁判集民一四一号五一一頁参照)。

本件では、右の例外的事情の存在は認められないから、乙事件は独立の訴えとして扱うべきであり、乙事件の訴えを却下すべきとする被告の主張は理由がない。

2  そこで、進んで検討するに、乙事件の訴えは、原告が平成一一年五月期の法人税の確定申告書の別紙五(一)の期首・期末利益積立金額欄に別途利益を記載する義務がないことの確認を求めるというものであり、当事者訴訟に当たると解される。

しかしながら、当事者訴訟において被告適格を有するのは行政庁ではなく、権利義務の主体たりうる存在でなければならない。したがって、被告は、横浜中税務署長ではなく、国とすべきであって、乙事件の訴えは、被告を誤って選択したもので不適法といわざるをえない。

また、原告は、平成一一年五月期の法人税について、期首・期末利益積立金額欄に別途利益を記載しないで確定申告をし、受理されている(甲八・弁論の全趣旨)。したがって、右別途利益の記載義務の不存在について確認を求めるといっても、既に別途利益について何ら記載せずに提出済みの確定申告書についてのものであるから、記載義務のなかったことの確認あるいは記載せずにした確定申告の内容が正しいことの確認を求めるという趣旨に解するしかない。しかし、前者であれば過去の事実の確認であり、後者であっても事実の確認を求めるという点で確認の利益があるか疑義がある。のみならず、原告に解散・合併等があって右別途利益の記載内容を前提として原告が被告から更正処分等を受けたというわけでもない以上、右の記載内容の正否については未だ法的な紛争となっていないのであり、右記載内容の正否の確認を求める訴えは争いの成熟性を欠くといわなければならない。よって、現時点では、右の別途利益の記載義務の不存在の確認を求める利益はないというべきである。

3  原告は、企業会計原則の定めに則って正確な会計処理を行い、債務者及び株主に対して会社の正確な財政状態等を報告すべき義務があることなどから、申告書の期首期末の積立金額欄に別途利益を記載する義務が存在しないことの確認の利益があると主張する。

もちろん申告書の記載内容が正しいものであることは望ましく必要なことではあるが、その内容の正否をどの段階でどのような紛争が生じたときにどのような訴訟形式で確認・是正するかは別問題である。そして、前期2のとおり、原告は平成一一年五月期の法人税申告書に別途利益の記載義務のないことを現時点において独立に確認する法的利益はないのである。

したがって、原告の右主張は理由がない。

4  以上のとおりであり、乙事件の訴えは、いずれにせよ不適法といわざるをえない。

なお、基本事件が不適法であるため併合要件を満たさない場合には、関連事件を基本事件と分離させた上で審理するのが原則であるのは前述したとおりであるが、本件では、以上のように関連請求に係る事件(乙事件)が不適法な訴えであることが明らかであるから、基本事件(甲事件)と併せて判決する。

三  結論

したがって、本件各訴えはいずれも不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判所 岡光民雄 裁判所 窪木稔 裁判所 家原尚秀)

別表一

法人税申告書の別表五(一)の「利益積立金額の計算に関する明細書」の「別途利益」欄の記載内容

<省略>

別表二

法人税申告書の別表四の「所得の金額の計算に関する明細書」の「別途利益」欄の記載内容

<省略>

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